落花狼藉 4
ここにこれ以上いても 何も解決しないと 八戒と悟空の2人は、
工場を後にし 宿に帰ってきた。
八戒は 自分がついていながら みすみすを さらわれたことに、
責任を感じていたし、怒っていたため 珍しく笑顔が無かった。
悟空もまた 三蔵に申し訳ない気持ちで いっぱいで元気が無い。
そんな2人が 宿の食堂に入ると、灰皿を吸殻の山にした 2人の男が待っていた。
「は どうした?」三蔵は 八戒に尋ねる。
「・・・三蔵、申し訳ありません。・・・を さらわれてしまいました。
僕たち以外 誰もいなかったはずなんです。
が さらわれた部屋は、外へのドアは無く 窓にも鍵は掛かったままでした。
どうやって さらっていったのか わかりませんが、これが のいた場所に・・・・・・。」
そう言って 八戒は、三蔵に 例の置手紙を 渡した。
黙って それを受け取り読む三蔵。
読み終わった途端、手紙は 三蔵の手の中で 握りつぶされた。
八戒・悟空・悟浄は、三蔵の中に 静かな怒りが 湧き上がっているのを、感じていた。
いつも 不機嫌で 口数が少なく 瞳に感情を上らせない三蔵が、
今は その身の内側に 無理に 閉じ込めている怒りで、
触れると火傷しそうなほどに なっているのがわかる。
いつもと違うオーラをまとった その怒りは、間違いなく への愛ゆえなのだが、
3人はその熱さに 三蔵の内に秘めた激しさを 見たような気がした。
「八戒、悟空。
2人が付いていても さらわれたんだ、しかたねぇ。
誘いに乗るのは 癪だが、は迎えにいく。」
三蔵は 立ち上がると、部屋に引き上げた。
それを 見送った悟浄は、「ありゃ〜、相当切れてるな。おまえらを 怒鳴りもしねぇなんて、
悟空にハリセンも弾丸も無しだしよ。
本気で怒っていると、むしろ静かなんだねぇ。うちの三蔵様は・・・・。」
納得したように 悟浄は つぶやいた。
「ええ、僕も 今夜は 弾丸を避けなければ ならないかと、思っていました。
それを 怒鳴りもしないなんて、こちらが 余計に辛くなるじゃないですか・・・・・。」
八戒は モノクルを かけ直しながら、三蔵の立ち去った階段を 見た。
悟空は をさらわれた上に、三蔵の怒りも見て もう何も言う気も おきないらしい。
ただ 俯いて 立っていた。
「悟空、元気出せっていっても、無理でしょうが 今夜は 休みましょう。
明日の夜 を迎えに行った時に、今夜の名誉挽回を しなければならないのですから、
僕たち2人 相当 がんばらないといけませんから、休んでおかないと・・・・。
それに そんな悟空を見ても、は 喜ばないと思いますよ。」
八戒は とりあえず 今しなければならない事を 悟空に言うことで、
自分をも 怒りや興奮から 解き放とうとしていた。
否が応でも 明日の夜は、そうなってしまうだろうから・・・・・・・・。
部屋に戻った 三蔵は、ベッドに身体を 投げ出して 天井を睨んだままだった。
八戒と悟空を 怒鳴りたかったが、2人を怒鳴ったところでが帰ってくるわけではないし、
悟空のしおれた姿は よく見るものの、八戒の笑顔の無いのには正直 怒る気も失せた。
それだけ 自分達に責任があると 感じている証拠だ。
は強い、そこいらの 妖怪なんかでは 太刀打ちできないだろう。
それなのに 自分達2人を三蔵が付けたことで、の存在が4人にとって
いかに大切なものなのか 悟空も八戒も解っている。
それだけに 不意を突かれたのは、痛かったのだろう。
特に 悟空にとって、は いまや 三蔵と同様に大切な存在になっている。
この旅を続けるためにも どうしても ここで を失うわけには いかない。
三蔵自身にとっても 無しの自分は 考えられなくなっている。
しかも への想いは、日に日に強くなる一方で 三蔵自身ですら
その想いを 持て余しているくらいなのだ。
経文と交換を条件にしている以上、命を奪われることはないだろう。
そう考えて いま は どうしているだろうと、思いをはせる。
その頃の は、意識が戻ってきつつあるところだった。
床に投げ出された身体は、手と足が自由を 奪われていて 動くことは出来そうも無い。
目だけを動かして 出来るだけまわりを 見てみたが、覚えの無い場所だった。
人や妖怪の気配が無いのを 確認して、頭を動かして もっと部屋を見てみる。
もっとも 夜のせいで 暗いので、月明かりが頼りだが、やっぱり 知らない部屋だった。
自分は あの工場で 敵に捕まったようだと 思ったが、
危害の加えられていないところを見ると、人質にされているらしい。
そうすると 工場と自分を捕まえた妖怪は、紅孩児の手先だと言うことになる。
油断は していなかったと思うが、こうなると 今頃は 心配してるだろうな・・・・と、
は 4人に申し訳なく思った。
一緒にいた 八戒と悟空は、自分がいなくなったことに 気が付いて、
どうしただろう・・・・、きっと あわてただろうと考える。
何よりも 三蔵のことが には 気がかりだった。
三蔵と経文を狙っている敵に、捕まったと言うことは交換条件に経文を指定するはずだ。
三蔵が 自分を切り捨てるような男なら、それはそれで かまわないと思うが、
心配なのは 自分と大事な経文と引き換えに するかもしれない・・・と、言うことだった。
光明三蔵 様から託された 大事な経文を、敵の手に渡したくない。
しかし 今の状況では そう思ったところで、には なすすべが無かった。
取引は 明日の夜だろうと思う。
不自由な上に 床は固くて 安眠と言うわけには いかないが、体力温存のために
少しでも休んでおこうと、は 目を閉じた。
目を閉じたその暗闇の中に、は三蔵を想った。
とりあえず すぐに 殺されることはないと 判断したけれど、いつ命を奪われるかわからない。
明日の朝かもしれないし、三蔵達の目の前で見せつける為なぶり殺しに合うのかもしれない。
私たちの旅は、そういう旅だったんだと あらためては思った。
三蔵への自分の気持ちを 確信しつつも 現状の居心地のよさに 甘えてしまい、
待ってくれている三蔵へ 何も言わないままいる、
けれど こうして離れたところで顔も見ないで自分の命がなくなる危険性もある。
それを思うと は ゾッとした。
もし 明日 三蔵達が 私を助けに来てくれて、5人で無事にここを出ることが出来たら、
三蔵への私の気持ちを 伝えよう。
あれほど 恋い慕った金蝉への想いより、三蔵を愛している事を 言わなければ・・・・・・、
死ぬ時に これほど悔やむことには ならないだろうと は思った。
金蝉は死が訪れる間際に何を考えていたかしら、長く思い煩う時間は無かったと思うが、
それでも 自分がその状況になってみると、思い残すことばかりだと思う。
「三蔵・・・・・・、愛しています。」小さくつぶやく だった。
-----------------------------------------------------
